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2017-06-16

アンコールワットはあなたのための背景ではありません。

アンコールワットと遺跡群に行ってきました!

9年ぶり2回目の訪問です。前回のメインは海外走行の経験を積むことで、そこに焦点があったのであまり心を入れて観れなかったんですよね。


今回訪れてみてもその圧巻の佇まいは健在。
森の中にそびえる圧倒的な存在感。そして、その調和。細部を見ても建物を覆う彫刻や石像の数々は古の世界を追体験できる圧倒的な魅力を今も秘めていました。

しかし、9年前と変わったことも…。。

遺跡の神秘の魅力はそのままなのですが、大きく変わったことも。
まず入場料が倍近い37USDになっていました。9年前は20USDだったような…。。

そして、一番の違和感が…


観光客多すぎ。。

なのは前回も同じなのですが…、自撮り多すぎ!なのです。
(9年前はスマホないし、写真シェアアプリもないんで…)

前の記事で一ノ瀬泰造のお墓へ行くのなら…なんて書きましたが、それと同じで、何しに来たの??と思ってしまう人達が圧倒的多数いることに驚いてしまいました。

ドレスを着てきて…パシャ
石像にキスしながら…パシャ
遺跡に登って…パシャ
僧侶に許可もなく…パシャ

記念写真を撮るのはいいと思うです。
せっかくここまで来たんですもの。記念になる思い出は残したいですよね。

でもね、そのセルフィーはマジどうでもいいっすわ。
あなたの『いいね』のためにある背景ではないんですよね、ここ。
あなたの自己認識欲求のために保存されている場所ではないんですよね、ここ。

お遊びな写真を撮りつつも、ちゃんとガイドさんを雇って異文化、異宗教を学ぼうとしている欧米人バックパッカーさんの方がよっぽど何しに来てるか分かってる。

問題なのはステイタスのために来てるアジア人。
その優越感のために柵内に入るのを止めて下さい。
そのミエのために遺跡に登る・触るのを止めて下さい。
そのどうでもいい1枚の為に通行を妨げないで下さい。

その写真。アンコールワットに来ました!って写真じゃなくて、ここでこんなことしている自分スゴイでしょ!って写真になってるの皆んな分かってますよ?

どこもかしこもそんな状況で、ほんと歩くだけでウンザリモード。。
だから足早に遺跡を回り、早く静かな違う遺跡へ行きたいが…これが37USDなのです。。なんか悔しいのです。

 

そして諭される…

そんな戻り道、第ニ回廊の東側を通ると石像の前に線香が焚かれていた。『一本いいですか?』と断りを入れ、ひとつ火をつけて手を合わせる。

別に、これは僕にとって宗教的な意味はさらさらなく、そもそも無宗教に近い典型的な日本人の僕には何がなんだかさっぱりわからないのだ。でもこれが習慣みたいなもで、世界の教会やモスク、寺院、シナゴークを訪れても同じく許可をもらい手を合わせたりする。そこで、そのまま言うのだ。

『どこの誰それとは存じあげませんが、お邪魔しております…』と。
ここに嘘はないし、断りを入れている気持ちになれるのでゆっくり拝見できるというものだ。

そんなコトを今回もしてみると、立ち去る僕に一人の僧侶が優しく手招きしてくれる。そして、ここに座りなさい。と優しく諭してくれた。


その僧侶は微笑のまま手首に赤い毛糸の編み物を巻いてくれ、お経を唱えながら手首と頭に水をピシャっとかける。そして『ハッピーハッピーね、ハッピーハッピーブレスレット』と微笑のまま言ってくれる。その目には一切の濁りがなかった。

聞かれるがままに、これまでの旅路を話していると『では、安全に戻れるようにバイクにも…』と、また新たなブレスレットにお経を読んでくれる。やはりその目は澄み切っていた。


『ずっとずっと昔、モリモトという日本人が来ました。モリモトも長い旅をしてここに来ました』と鎖国令が出る前の17世紀にアンコールワットを訪れた武士が残した落書きを教えてくれた。それは今いる僧侶が座っているすぐ後ろの柱にあった。


ちょっと胡散臭く、日本人だと分かって声をかけてくれたのかもしれないが、この時の僕にはとても有意義な経験になったのは確かだった。これだけでウンザリだったアンコールワットに“来てよかったな”と思わせてくれる経験になったのだ。

やはり諭してくれたのだろうか…
その真相は僕の気持ち次第だが、アンコールワットがいつでも来るに値する場所だと思わせてくれたのは確かだろう。なんか、すっごく旅をしたくなった。


このブレスレットを見るたびに笑顔になれる。
さぁ、いかなる人がいても、心のままに旅を続けよう。

記憶に残るのはそのどうでもいいセルフィーじゃない。
こんな経験が生涯残る記憶になるものなのだから。

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